皆さんこんにちは、白波瀬です。

第一回 腸内細菌で体の出口のお話をしました。第二回 歯肉炎/歯周病、第三回は扁桃・咽頭(炎症)ということで、2回連続で入口についてお話します。

     ●  虫歯、歯肉炎、歯周病ってどんな病気?

私たち動物の胎児は母体の中では無菌状態で、出産と同時に細菌、真菌(かび)、ウイルスにさらされ感染症との戦いが始まるのです。歯が生えるまでは虫歯菌(ミュータンス菌)、歯周病菌(嫌気性グラム陰性桿菌で複数菌種の集合体)の隠れる場所が無く増殖できないので口腔内の炎症にそれほど注意を払うことはありません。歯が生えてくると状況は変わり、歯をうっ蝕する虫歯菌、歯と歯肉の隙間ポケットに定着する歯周病菌の増殖が始まります。したがって、老後総入れ歯をすると虫歯菌と歯周病菌の除菌が可能となりますが、いったん口に入った虫歯菌と歯周病菌は歯がある限り除菌できません。数十年前にはヨーロッパを中心に強制的に総入れ歯にするブームもあったようですが、今は歯周病菌とうまくかかわりながら自分の歯を如何に沢山残すことができるかが重要で、健康寿命とも相関するといわれています。(80歳で20本残す8020運動)歯の多い老人ほど歯周ポケットの数が多くなるわけですから、口内ケアを怠ると後からお話しするような歯周病菌の悪さを受けるリスクも高まります。我々シニアは益々歯周病菌と戦い続ける必要があるわけです。

歯垢プラークが成長するとその中には沢山の歯周病菌が繁殖し、初めに歯肉炎が発生し、放置すると深い歯周ポッケットにまで入り込んで歯周病となります。歯周病が炎症疾患というのは多くの人が知っているのですが、もうひとつ大切なことは近傍の骨を溶かして最終的には歯が抜け落ちてしまいます。歯が抜けたらインプラントにするから大丈夫と思っていたら骨が薄くてインプラントのネジを固定できないということも起こります。だから早期診断早期治療が重要となってきます。ところがこれが一筋縄では行かないのです。

歯周病菌は自ら生存していくための凄い生存戦略を持っています。虫歯は歯がズキズキして痛むので医者にかかるのですが、歯周病は痛まないので医者にかかる機会を失ってしまうので問題なのです。実は歯周病菌は多量の酪酸(CH3CH2CH2COOH)を菌体外へ放出して宿主である我々の歯肉内の神経を溶かして退縮させるので痛みを感じないのです。腸内細菌では酪酸は制御性T細胞の分化、宿主へのエネルギー供給として有用な成分なのですが、口内では悪玉物質なのです。腸内ではムチン(牛のよだれの成分で粘る液)層が厚く、適度な濃度に希釈された酪酸が腸の細胞に届けられるので問題ないわけです。このムチンもストレスで分泌量が減るので酪酸の細胞毒性を受けやすくなって便秘になります。ひどい場合は潰瘍性大腸炎を引き起こします。同じように口内ではストレスがかかると唾液がでなくなり、口内の酪酸濃度が高くなっていろいろと障害が出てきます。会議などのストレスで口が渇いて口臭が気になった経験はありませんか?酪酸は特有の匂いを持っていますので歯周病の人は口臭も強くなってきます。頻繁にお茶を飲んで口内を潤すことは良いことなのです。他人の口が臭いというのはなかなか人に言えません。これも歯周病が治療されずに放置される原因となっていますので、少なくとも家族を守る我々は家人に対してはきちんと伝えるようにしたいものです。

  • なぜ虫歯、歯肉炎/歯周病を放置するといけないの?

<歯周病菌の出す酪酸の影響>

上にも記載しましたが歯周病菌の出す酪酸は神経を溶かして痛みを感じさせないこと以外に、ウイルス(HIVウイルス、EBウイルスなど)を活性化させて唾液中でコピーを増やすため、薬が効かない、再発しやすい、HIVについては唾液で感染させやすい原因にもなります。米国では歯科医が口腔内科医の役割もしますからHIV患者の口腔ケアが進んでいます。一方、国内の医科大学教育は縦割り構造であること、「医者は口を見ない、歯医者は口しか見ない」という状況ですから、先進国でHIVが増加しているのは日本だけというのはこの辺に問題がありそうです。また、歯周病があるとインフルエンザ感染を著しく促進することも分かってきました。そのほかにプラーク構成細菌によるバイオフィルム形成を活性化する遺伝子発現も促進します。

<慢性炎症で集まった白血球、マクロファージが出すサイトカイン>

ちょっと難しいのですが、持続性感染症による慢性炎症はマクロファージの核にあるSirt1(長寿遺伝子活性化酵素)を低下させ、TNFkBを上昇させつ図ける結果、炎症性サイトカインも放出され続けます。これがインスリン抵抗性を誘発して2型糖尿病リスクを上昇させます。ミトコンドリア機能低下も引き起こし、泡沫化した細胞は細胞死を迎えないままサイトカインを放出し続けます。また、炎症に伴い多量の活性酸素が血中に放出され脂質異常症、動脈硬化症、血栓誘発して脳梗塞を引き起こす原因となります。また、血中プロスタグランディンの濃度が高くなることから、子宮収縮、胎児の成育阻害から早産を誘発するといわれています。 そのほかに免疫機能が低下して自己免疫疾患やガン化、ガン転移しやすい体質にしてしまいます。更に、精神疾患、慢性疲労症候群、神経の痛みなどにも関与します。このように慢性炎症は炎症性老化により、慢性炎症の無い人よりも早く老けていきますので、歯周病を含めて慢性炎症を放置してはいけません。

<歯周病が出す毒素>

大腸フローラ、口内フローラといわれるように、口内も沢山の菌が共存していますが、歯周病になると歯周病菌はリポポリサッカライド(LPS)という毒素を放出して他の菌の生育を阻害して、自分たちだけが繁栄できるような生き残り戦略をとります。したがって、歯周病の人は歯周病菌以外の口腔細菌の数が少ないという特徴があります。このLPSは唾液と一緒に腸内まで運ばれ腸内細菌の種類と数にも影響を与えて健全な腸内フローラを乱します。第一回で報告したように、全身の不調が現れることになるわけです。

<歯周病菌が血中に入る>

歯周病菌が血中に入り込むと通常はマクロファージに捕食され消化されてしまいますが、持続的な感染が起こると、時として全身を回って血管壁に付着します。心内膜炎は心臓の弁の裏側の血流の滞留が起こる場所に接着して増殖して心内膜炎を引き起こします。バイオフィルムで覆われ、血流滞留ということもあって抗生物質が効かないため重篤な敗血症を引き起こします。口腔内環境が悪くなるとガンジダなど真菌が口腔内に増えることになります。更には誤嚥も加わって、唾液が肺に入ると肺炎を引き起こします。ある介護施設で歯科医、介護者が一緒になって口腔ケアに取り組んだ結果、肺炎発症率が半分に低下した報告があります。介護者が少なく火の車が日常化していた施設だったのが、この口腔ケアのおかげで余裕を持った介護ができるようになったと報告されています。このような報告が相次ぎ、最近は急速に介護施設、訪問治療が歯科医師会で実施されるようになってきました。しかし、居住地ごとにその重要性の捉え方は一定ではありません。介護者のいる方、これから介護を受ける方はその辺が十分配慮されている介護施設かどうか確認されることをお勧めします。また、地区の歯科医師会が訪問治療を実施している場合がありますので、ホームページで確認してください。身内で寝たきりで食欲が無く、医者にかかってもどこも異常は無いような人は口内環境が悪くなっている場合があります。そのような場合は、歯科医の訪問治療を考えてください。

  • 歯周病の診断/治療方法/予防方法は?

歯周病の診断は歯1本につき6箇所の歯周ポケットの深さ、出血、揺らぎを確認し、他にX線検査などを併用して診断されます。歯の数が多いとそれだけ面倒な検査でもあり、スクリーニング検査が要望されていました。2010年、唾液中ヘモグロビンと乳酸脱水素酵素(LDH)を併用したスクリーニング検査が保険収載されましたが、その陽性率は72%、55%と低いのが欠点です。それでも島根県、岩手県などの医療僻地では集団検診として採用する自治体が増えています。しかし、開業している歯科医には検体検査の習慣はなく、先に述べたとおり「歯医者は口しか見ない」こともあり、内科的疾患の治療と予防のために検査オーダーをする歯科医は極めて少なく、スクリーニング検査は普及していません。国内に歯科診断用検査薬の定着は難しく、内科医をターゲットにした治療戦略が必要となっています。また、海外ではUF-1000を歯周病検査に応用している論文が複数報告されていることから、疾病と歯周病の重要性に気づいて何とかしたいと思っている熱いドクターは残念ながら海外の方が多いようです。シスメックス情報網を駆使して口腔ケア診断分野でグローバルに価値を出していければと考えています。 

  • 治療方法

歯または歯根表面の見えている部分のスケーリング(プラーク(歯垢)と歯石の除去)、次に歯肉で見えないところのスケーリング、歯の周りの沈着物を取り除き、局所的に抗菌薬の注入を行います。そのほかに歯の磨き方、生活習慣の指導を行っている場合もあります。これにより糖尿病の人であれば、いくら血糖管理しても低下しなかった人のHbA1c値が半数の人で低下するといわれています。逆に生活習慣を見直し、厳格な血糖管理をすると歯周病が改善することも分かってきました。介護者の中には認知症が進んで寝込んでいた人の口腔ケアをしたところ、自分で身の回りのことができるようになり、認知症も改善に向かうことが多数報告されています。

歯周病は一旦治療で治っても口腔から歯周病菌を除菌することはできないので再発します。したがってできれば年間4回、少なくとも2回は定期健診を受けて虫歯、歯周病の確認、歯垢と歯石の除去を受けてください。それと我々の役割として最も大事なことは、孫の口腔内に虫歯菌、歯周病菌が入らないように注意してあげることです。生まれてきた子供は虫歯菌も歯周病菌も持っていません。自然に入ってくる菌は口内フローラ、大腸フローラとして有用なのであまり神経質になる必要はありませんが、良く母親が食物を噛んで口移しで食事する姿が見受けられますが、これはNOと言ってください。子供のミュータンス菌、歯周病菌のDNA検査をすると、親と同じものを持っていることが分かっています。また、口移しの食事習慣が無かった子供は虫歯が少ないことが報告されています。食事だけでなく口へのキスもNOです。

  • まとめ

虫歯や歯周病は文明のバロメーターと言われ、野生の動物、ネアンデルタール人、クロマニヨン人から虫歯や歯周病は見つかっていません。歴史的には徳川家康は総入歯だったといわれています。恐らく現代に近い食べ物・食習慣の変化が虫歯と歯周病の原因になったと思われます。今は犬や猫も虫歯に悩まされる時代となりました。それが最近では小学生の虫歯が激減していることを御存知でしょうか。ひとつは親や学校のしつけ、教育による歯磨きの習慣化なのですが、最大の原因はフッ素塗布のようです。虫歯治療が激減して困っているのは歯医者さんで、これからは歯医者も従来と同じことをしていれば倒産するところも出てくると思われます。やはりこれからは口腔ケアとして老人介護者への出張訪問が必須になってくることでしょう。また、抗がん剤治療、放射線治療、大きな手術などの術前に口腔ケアで清潔にしておくと炎症性サイトカインを低く抑えること、肺炎の頻度もへることで予後が良いことが分かってきました。2012年「周術期の口腔機能管理」が公布され、術前口腔ケアに対して新たに保険請求できることになりました。大きな病院では専属の歯科医が常駐して口腔ケアにあたっているところも出てきました。

歯周病を放置すると老化を早め、糖尿病の発症、動脈硬化症、さらにがん化、自己免疫疾患へ移行しやすい体質に変化していきます。歯周病、虫歯、ヘリコバクターピロリ、ウイルス性肝炎など持続的な感染症はできるだけ早期に完治させることが必要です。また、かゆいところ、痛いところは炎症が起こっているところですから原因を突き止めて治療しておくことが健康寿命を上げていくコツと思われます。もちろん炎症を抑えるだけでなく、運動を怠ってはいけません。 

皆さん頑張って下さい。

次回は扁桃・咽頭の慢性炎症について報告します。これは新聞、TVではまだあまり取り上げられていません。自覚症状が出にくいのでほとんどの人は放置されていることになります。不定愁訴の多くの方がこの炎症を持っておられるようなので、そのような家族を持っておられる方は次回を御期待ください。